【2日目】修行して悟りを開いた話

 

おはようございます。二日目です。

 

寺の朝は早い。5時20分になったら寺の偉いっぽい人が鐘をカンカンならしながら部屋に入ってきます。起床する以外の選択肢は許されません。

 

春休みで毎日夜中の2時までtwitterをする以外の事をしないウンチ人間だったのでこれはこたえる。

 

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目を覚ますためにコーヒーを飲む。ここのコーヒーはほんとにまずい。なにが『禅』だよ。腹立ってきた。

 

そしてすぐに全員で庭の同じ場所をぐるぐる歩きまわる謎の奇行をさせられる。

「なんだこれは…そしていつまで続くんだ…」という感情が頭をこの奇行のようにぐるぐる回る。

 

ぼくはいつ終わるかわからないという事に恐怖を感じてしまう人間だからこれは結構キツい。例えば野球の試合というのは九回の裏が終了すれば終了するけどキャッチボールはいつ終わるかはっきりしていないので怖い。

 

「何言ってんのwwww意味不すぎるwwwww」と思うかもしれないが何の情報も与えないでただシャワーを浴びせ続けるという拷問があるぐらいだし、その拷問はかなり有効らしい。

 

結局10分ぐらいで奇行は終わってその後謎の体操を行う。なぜか靴下を履くのは禁止でサンダルだしこの時は2月の末だったので寒い。とにかく寒い。

 

その後25分×2の瞑想してその後寺の一番広い部屋みたいな部屋でお経を読む。ちなみにこの時間も正座。ざぶとん等はなく畳に直に正座。時間にして大体15分ぐらい。

 

体操の後はずっと室内だけどまだこの状態でもさっきの寒さは抜けない。暖房はついていないしどこに行っても寒い。普段外に出て寒くてダメージを負っても何かしらの建物に入ったら暖かいのでダメージは回復するけどここではそうはいかない。一度寒さを感じたらずっと寒いまま。

 

その後掃除をさせられる。一番修行っぽい雑巾がけをさせられる「修行っぽいやんけ!!」ってなったけど雑巾が冷たいので手がかじかむ。しばらくすると手の感覚が無くなってくる。これ二月の末やからなんとかなってるけど12月とかなら泣くと思う。

 

それから朝食。朝食はおかゆと決まってるらしくておかゆとちょっとしたおかずが数品出される。もちろん正座。この時間が一番辛い。

 

朝食を食べ終えこの日下山(修行を終える事)する人が一人ずつ「いままでありがとな~」的な挨拶の催しをして帰った後作務(労働)を行う。

労働は料理とか畑仕事とか何種類かあって結構上の立場の人は下界に降りて買出しとかもある。

とりあえず畑仕事をすることにした。

 

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 畑。畑だなぁといった感じ。特にコメントは無い。

 

畑仕事をする予定だったけど「竹割りでもいいよ」みたいな事言われたので竹割りをすることにした。

 

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 竹を割る場所。修行っぽい。竹は斧で割るのではなくのこぎりできったり踏んだり頑張って手で引きちぎったりする。「修行っぽいので斧で割ってもいいですか?」って聞いたら「危ないのでだめだ」と言われた。

 

竹を割るのは面白くも面白くなくもない。大学の竹で何かしらの建造物を作るとかいう理解不能な授業で竹割っといてっていわれて3時間ぐらいかけて頑張って割って渡しに行ったのに「あぁ~やっぱりそれはいらんわ~そこに捨てといて~」って言われたのを思い出した。

 

労働を2時間ぐらいした後は昼食。そばと山菜のてんぷらみたいなのが出された昼食は緩くて正座もしなくていいし会話も許される。「オードリーの若林に似ている」と言われた。「オードリーの若林に似ている」という言葉は喜んでいいのか喜ぶべきじゃないのかわからない言葉ランキング1位だと思う。

 

それにしてもここに来ている人は良い人が多い。まぁこんな施設にウェイとかが自らの意思で来るわけがないので当然といえば当然だけど。ウェイは高確率でユニバの年間パスを持っているのでユニバにでもいくだろう。

 

ここはいろんな地域から人が来ていて、全員の中では大阪はかなり近いほうで関東からたくさん来ていた。10泊ぐらい滞在する予定の人もたくさんいたし一ヶ月の滞在とかもざらにいた。

 

昼食の後は12:40~16:45まで休み時間。この休み時間は外出も許される。結構時間があるので京都市内に出ることも可能といえば可能。

 

他の修行者の人と少し喋ってブログ用の写真とって昼寝してたら気づいたときに休み時間は終わってた。

 

16:45から15分間瞑想。この時に新しく入山してきた人と顔合わせする。気の弱そうなおっさんだった。この日はこの人一人だったけど次の日は7人入山してくる予定らしい。

 

瞑想の後は夕食を食べて昨日とおなじ流れ(坐禅25分×3のあと休憩時間があってそのあと消灯)

 

この寺に来て音楽を聴くのとTwitterをするのを我慢してたけどこの時ぐらいからだいぶキツくなってくる。普段どれだけこういったものに依存して助けられてきたのかという事がわかってありがたみを感じた。まぁでもこのありがたみも3日後ぐらいには綺麗サッパリ忘れてるだろうけど。

 

人間というのは強い感情とか思いっていうのはけっこうすぐに忘れてしまう性質のような気がする。例えばなにか一つの自分が腹の立った出来事がどういった内容の出来事かを覚えている人はたくさんいるだろうけど、なにか一つの自分が腹の立った出来事について何年も怒り続けているひとはいないと思う。ほとんどニートのような多浪浪人受験生がよくわからない自己啓発本に心を揺るがされて一瞬だけ勉強するのと同じ。

 

まぁとにかくこれで二日目は終了です。おやすみなさい。